こんにちは @fukuhomuです。
Twitterは10周年、私自身はTwitterという世界を知ってから早数年、皆様はその世界でどのようにお過ごしでしょうか?
そのTwitterはユートピアでしょうか?
私にとっての答えは NO でしょう。
この世界には見えない覚悟がたくさん存在しており、それを乗り越えた人だけが生き残れるのですから………。
この記事を書いた人
- Twitterを数年以上使っている
- Twitterで知り合ったリアルな交友関係がある
- 職場や学校で公開できないアカウントを持っている
- 趣味を充実させて生きたいタイプ
Twitterが人と人の距離を変えた
すっかりおなじみのTwitter。
インターネットそしてTwitterによって、人と人の距離は大きく変わりました。本来出会うはずではなかった人が、何かをきっかけに出会う時代です。
職業を超え、年齢を超え、つながることができる。そんなコミュニケーションが極一部の限られた人だけでなく、誰もが手にするそのスマートフォンから作れる時代です。
しかしTwitterはインターネット時代の新たなコミュニケーションツールといえど、結局辿り着くのは人と人。人と人の関係は、時代が変われど厄介な問題が起きます。
嫉妬や嫌悪はコンピュータ同士の世界では起きません。全て人間の感情が引き起こすものです。新たなデジタル時代でも、人と人の関係は変わりません。人は進化していませんから。
さあ、そんな時代の新しい生き方を考えてみようじゃないの。
「それ」をつぶやく覚悟は出来ていますか?
読まれる覚悟
独り言なら覚悟はいらない。
でもここはTwitter。あなたのフォロワーがふとした瞬間に読むもの。しかも、口から出た言葉よりもはるかに曲解されるリスクがあり、思わぬ誤解を招くこともしばしば。
日々のつぶやきがその人物のイメージを作り上げ、読み手から「仮想敵」に仕立て上げられることもあります。あなたにその意図がなくてもです。
妬まれる覚悟・それを受け入れる覚悟
読まれるだけならまだずっと平和。
覚悟はその先へ続きます。 妬まれる覚悟は出来ていますか?
あなたがつぶやいた楽しいことに対して、なぜ呼んでくれなかったのか言う人がきっといるでしょう。逆に、他の人の楽しいことを見て、なぜ自分は呼ばれなかったのだろうと思うことがあるでしょう。
妬まれるだけでなく、妬んでしまうこともある。人間ですから。それを避けるには、人間としての力をつけるか、楽しいことをつぶやくのをやめて、Twitterをやめるしかない。
ちなみにFacebookも同じ。
過去を掘り返される覚悟
それでもあなたはつぶやく覚悟があります、と。
ではそれを数年後に見られる覚悟はありますか? 見られて目の前で読み上げられても怒らない覚悟はありますか?
Twitterのつぶやきはその時の感情をリアルに示してくれます。便利なツールです。
しかしそれは逆に、誰もがあなたの過去を知れるのと同義です。それが嫌なら、定期的につぶやきを消すか、Twitterをやめるしかないでしょう。
それでもTwitterをやりたい
人は傷ついたり、絶望したりしながら強くなっていきますから。そして学びますから。
いいこともたくさんありますから。
他では得られないこともありますから。
これもまた廃人と呼ぶのかもしれない。
まとめ
Twitterという社会を生き抜くための3つの覚悟を書きました。
- 読まれる覚悟
- 妬まれる覚悟・それを受け入れる覚悟
- 過去を掘り返される覚悟
よくよく数えたら4つじゃね?
おしまい
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